tosiuのブログ

うんち

半引きこもり、一ヶ月ぶりくらいに自転車で外出

こんにちは、お久しぶりです。

今日はとある事情で仕方なく昼前に自転車で外出しました。

自転車に乗って外に出るのは一ヶ月ぶりくらいですかね、。たまーに親に連れられて車で外に行くことはありましたけど。

自転車は蜘蛛の巣張ってました。すぐに張るもんですね。

 

まず図書館に行こうと思ったんですが、スマホがネットに繋がらないので、図書館近くの山を目印にして適当に道を進んで行きました。変にジグザク行ったのでだいぶ遠回りしましたね。

途中休憩を挟んだりしつつ、目印の山まで辿り着いたのがお昼の時間くらいだったので、山の公園みたいなところで、コンビニの弁当たべてました。

こんなところです。

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自然の中で食べると美味しいとか言いますけど、虫は飛んで来るし、カラスがこっちに寄ってくるし、自転車に張ってた蜘蛛がまだ付いてきてたりして、全然ゆっくり食べれませんでした。自然はで食べる飯クソです。コンクリで埋め立てられた場所のがよっぽどいいですね。

 

その後は、図書館に行きました。前借りてた本の期限過ぎてました。謝りました。

懲りずにまた借りました。2冊なんで今度は期限すぎないと思います。

最近全く本読んでなかったんですけど、いざ読み出すとめちゃくちゃおもしろいですね。

ネットで動画みてるよりよっぽど刺激がありますね。これからは読書家になります。

借りた本もアップロードしようと思ったんですけど、何かファッション感があるなあと思いやめました。ちゃんと読んでから読書メーターに登録することにします。

 

1つめの図書館にない本もあって、検索機で調べると、近くにあるよくわからない大学の図書館だとそれがあるらしく、部外者でも借りられるっていうことなんで、行ってみました。

大学ってなんで山の上にあるんですかね?どこから入るのかわからなくて山を一周してからようやく侵入しました。学生とすれ違うたびに浮いてないか少し心配でしたね。

図書館に入ると改札があって、どうやら学生証がないと入れないらしい。

カウンターで、「すみませ~ん」って呼んでも誰からも何の返答もなく、声小さかったのかなあと思い二回目も呼んだんですけどガン無視されました。人数結構いたのに……余るくらいいたのに……

元々部外者が大学に来ていいのかっていう負い目もあって速攻出ていきました。

よーく考えると引きこもり過ぎて声出なくなってたんですかねえ?

そこでもっと大きい声を出さずに、引き下がる根性のなさがニートっぽさ全開でしょう?そうでしょう。ツイッタで言った面白いことはこれだけです!自分で書いててもつまんねえなあ!

 

その後はマックで、ゆずの炭酸ジュース飲みました。アレめっちゃ美味しいですね!

 

以上!!

~~~~~~~~~~~~FIN~~~~~~~~~~

 

隣の芝生は青いに違いない

私は現在ニートで学歴もまったくない。ということは親は子育ては失敗したということになる。

きっとある程度の社会的地位のある人は自己責任だって言う。努力が足りないって。

最近は自己責任っていう言葉はだいぶ嫌われてるようなので、賢い人は使わないだろう。でもニートはもっと嫌われてるようなので、多分言われるでしょう。

 

今の自分の失敗は全部自己責任だって考えるのは辛いものがあって、本当にそれを全部受け止めている人は、今の自分にたいして開き直ってるか、失敗から立ち直ってる人だけだと思う。

 

なので、責任は親のせい、環境のせい、あいつのせい、に押し付けたほうが気持ちが楽になる。

隣の芝生は青いって言うけど、実際見たら本当に青いよ。そう思い込んで、家は青くないんだから、それなら青くしてやるぜっていう気持ちを保ちたいですね。

 

良い未来が想像できない

起きている時間のほとんどをインターネットに使っているせいで、自分のことを考える時間はほとんどありません。そんななかで思考する時間があるの唯一の空間であるお風呂で将来のことをぼんやり考えてみました。

 

おそらくバイトくらいは始めるでしょう。それでもフルタイムで働いたり、正規社員を目指して就職活動する、という未来はなさそうです。意欲もなく能力もないとなると不可能でしょう。

それでも、多少のお金を家に入れて残る少ないお金を消費する日々、そこに学びや成長もなく、ただ年をだけを重ねていき、唯一の取り柄だった若さも失って何もない人間が誕生する。しかもその間友人や恋人なんてものは当然縁がなく、暇な時間があればぼーっとネットをみてる。

 

まさにジリ貧ってのはこのことで、これは問題を先延ばしにしたに過ぎないと思う。

自分が困らない最低限の生活を続けるためだけに最低限の労働をして一時的に逃れているだけで、ちっとも豊かになってないし、何のために生きてるかわかったもんじゃない。

消費するだけの生活はやめたい。

多分5年後この生活を続けていても、勉強しておけばよかったとか後悔したりとか、アフィリエイトで食べるだとか、そんなとこだろうと思う。

だったら今のうちから後悔しなようにやっとくべきだと思う。

今すぐに就職だとかは知ったことではない。だからその意味不明のプレッシャーに追われるのはやめる。

 

 

 

辛いことが3つ重ねると逃げ出す

お久しぶりです。

最近はサボり癖が再発しかけてます。これは非常にまずいです。

最初の方は罪悪感と休みの電話を入れる気まずさより、少し嫌でも通う方が勝っていたので、真面目に通ってたんです。ですが、一回休んでしまったときに、通うよりも電話一本入れるだけのが断然楽なのではと気付いてしまったのですね。それで前記は必要時間分ギリギリの出席数ということになってしまいました。一応乗り切ったのでよかったものを、本当に病気とかで休みたい時に休めないほうが辛いですよね。

 

今は後半に入っているのですが、はやくも既に昨日今日で2回のズル休みをしてしまっています。後期開始直後にこれはかなりまずいですね。

 

でも逆に言えばほとんどの日は通ているので、通えない日のがイレギュラーな日なんで、毎日気合をいれて通うってほど追い詰められてるわけでもないんですよ。

思い返せば、サボる日っていうのは前日から決まっているような気がします。

なので、今日昨日サボった理由を考えてみました。

 

①寝不足

一昨日から朝起きるのが辛く、昼頃にはだいぶ眠気を感じていたのにも関わらずうちに帰ると0時以降もネットをするというアホさで、睡眠の負債が溜まってて身体が疲れていた。

②一対一の面談

何度か就職相談の面談の予定があった。

③スピーチ

スピーチの時間があり、それが自分の番に回ってきたたがネタがなかった。

 

きっと日頃頑張ってる人からみると鼻で笑うレベルの事柄だと思います。

電話一本でこれから逃れられたいしたペナルティーもないんですよね。そうなると、その甘い選択してしまう意志の弱い人間なんです。

 

通えている日っていうのはこれが全部重なった日はないと思います。

これに対する解決策は順番に消化していくしかないですよね。

寝不足なら早めに寝て、面談とスピーチは言うことを事前に決めておけば気持ちが楽になり逃げることもありませんから。

ということでこれから頑張ります(小学生並の反省文)

改めて文書にすると精神性が幼すぎないか……?

 

久々に更新。近状報告

前の記事から一ヶ月くらいブログを更新してなかったので久々に書きます。

訓練校に通うようになってから一ヶ月くらいたちました。最初は朝起きるのがめちゃくちゃ辛かったんですが、今はそれほど苦もなく通えるようになりました。

ニートのときよりはだいぶ生活リズムが改善されたのでそれだけでも行った価値があったなと思います。

学校自体はどうなのかと言うと、一人でパソコンに向かう時間が多いのでコミュ障気味の自分でも楽しくやれてますね。思ってたよりプログラムの勉強は楽しいです。これが仕事になったらだいぶ違うんでしょうけど。趣味として続けるには良いかもしれませんね。

まだ一ヶ月くらいなんで出来ることはそんなに増えてないんですけどね。これからまた楽しみです。

 

ただ就職に対する意欲っていうのは薄くて、恐怖感?というのもあるんですよね。そりゃずっとモラトリアムなら楽しいんですけど、そうも行かなくて、最近も親から知り合いのツテで就職先を紹介してあげようかなんて言われたんですが、それを言われただけでもすごい心臓が押し潰されそうになるんですよ。何なんでしょうね?

 

話が変わって、近頃引っ越す予定があって物件を親と見て回ったりしてます。自分は寄生するだけなんですが、ネットで調べたりしてます。

なんで平日は訓練校で、休日は物件周りっていうのが多くて、結構忙しいんですよ。

自分的には部屋が1つあればいいので、その中で安そうなところを探してるんですが、なかなか決まらないですね。

親と話して、自分もいくらかは家にお金を入れることにしたので、その分は稼ぐために結局は働くことになると思いますが。

結局のところ、そうやって多少お金を家に入れて、無駄に時間を過ごしていてもジリ貧状態になるだけなのはわかってます。なんで、今すぐ働かないにせよ、何かお金に還元できることに時間を使って行かないといけませんね。

 

環境的にも心情的にも変化のときが来てるので、色々片付いてゆっくり自分のことができるようになるといいんですけどね~。おしまい。

 

 

 

 

 

心の支え

ここ最近は忙しい。

月から金は訓練があるし、土日はなんやかんやで母親と出かける事が多い。

今うちは離婚調停中で、夫婦で同居しているが完全に顔を合わせないようにしている。

自分も母親とは普通に話すのだけど、ここ最近は父親と話す機会がほとんどない。

少し前は父親とも話をしていたのだけど、母親とばかり話すようになってからは、何と無く離しにくい雰囲気なのです。

調停が終わり完全に離婚となると母親は家から出ていなかいとならないらしく、妹と自分と母の3人で暮らすかという方向に話が進んでいる。

そもそもの話、自分は成人しているので、自立すべきなのです。だからそれまでは面倒は見るよっていう感じで、就職を迫られているんですね。

今の家に残るという選択肢も取れる。けど父親も自立という面では同じらしく早く家から出ていくことを望んでいる。しかも最近は話もしていない。

 

自ずと自分は母親に付くしか選択肢はないのです。しかも就職は確定事項。

ああ結局はそこなんですよね。働かないと、就職就職就職。

あー嫌だ逃げ出したい。そもそも就ける職がない。そして続く気がしない。

そこで考えついた唯一の”逃げ”の選択肢が自分の心の中にだけあって、これは心の支えになっている。具体的なことはここには書かない。

だからそれが実現してほしい。そしてそれを親にも許容してほしい。そうすると自分はすごく楽になる気がする。

 

こないだ読んだ田中慎弥の孤独論という本で、面白かった事を載せときます。

人生はつまりは棚からぼた餅だというもので、そのぼた餅をキャッチするために一番いい場所にいようとすることがが努力で、落ちてくるかどうかは運。そのぼた餅は他人から見ると「ないじゃないか。」という幻想かもしれない。でもあまりにも追い詰められたりしていると棚の上にぼた餅があるということにも気付かない。というもの。

本文はもっといい感じに書いてあったと思います。

よく言われる努力論とニュアンスが一緒のところもありますが、これの肝は幻想でもいいということなんですよね。ぼた餅があるということに気付いてさえいれば少し生きやすくなる。それを取りに行くかどうかは自分次第なんでしょうが、まずは餅があるというくらいの余裕が心にあったほうがいい、そういうことだと思います。

非常に優しい本だったので疲れている人にはオススメです。書いてあることは自己啓発本っぽいところはあるけど、そういった本より言葉に面白さがあってよかったです。

 

 

 

 

 

 

家と外の境界線がゆるゆるな人

訓練に行き始めて一週間くらいたちました。月から金まで、同じ所に通うという事が高校生の時以来かもしれない。最初は苦痛なこともあったけど、それほど苦もなく通える気がする。いい状態なんじゃないでしょうか。

かといってこれを通して働けるようになれそうか、と言われるとそんなことはまったくない。でも、どこかに決められた時間に通うという行為自体が自分のためになってると思う。

 

たまにどうしようもなく苦しい時がある。それは、他者と自分を比較してしまう時。

自分のことを他人に開示しないといけない場が訓練中も何度かあって、自己紹介とか、長所と短所を言ってグループワークでみんなで意見をフィードバックしましょうみたいなの。

 

他の人達は、職歴とかもあって、そこでこういうことが好きで~とか長所をすらすらいって、短所もこんなことあるんですよ~みたいなスラスラと言うんですよ。

自分は長所なんて思いつかなくて、そもそも働いてないし、何かに夢中になってがむしゃらにってこともないんで、ほとんど言えなかった。

これは準備不足もあるのかもしれない。面接では絶対聞かれそうなことですし。

 

自己を開示しすぎることは必ずしも受け入れられることではないと実感しましたね。

公的な場では、多少自分を良いように見せるというか言い換えてそれっぽく振る舞うことが必要らしい。そのためには肩書きがないと、どんなに良いように言っても、無理があって辛いなと思いました。

 

自分の内面をどこまで開示するかってのはすごく悩む。

朝に順番で3分間のスピーチをしなきゃいけない時間がある。どこかに行ったとか趣味のこととか、子供がどうとか、みんな自分のことを語っている。

自分の番には本を読んだことを言おうと思って、ノートに言うことを書いてたけど、本を語ること、自分の内面は繋がっているのに気付いた途端に嫌になってやめた。

 

どうも他の人の話を聞いていると、公的な場とプライベートの差があまりなくて、自分を出しても平気そうなのです。それはやはり慣れなんんだろうか。

家と外を、行ったり来たりするたびに別の自分にスイッチするなんて面倒だし大変すぎる。

社会に馴染む気はあるけど、外でまであまり自分のことは語りたくないので強要しないでほしい。