tosiuのブログ

うんち

『コンビニ人間』を読んだ

以前から気になっていた、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』読みました。

こういう暗い話を書こうと思うとセンチメンタルな文章になりそうな気もするんですが、主人公の感情は機会的だったので読みやすかったです。

おそらく、純文学の賞には数え切れないほどのセンチメンタルな文章の作品が送られてるきているんでしょう。偏見ですけど。

田中慎弥さんもそうでしたけど、底辺(白羽さん的言い方)の環境にいる方は、そのまま感情を文章にせずに物語でそういう感情を昇華させているからこそ面白いんだなあと思いました。ツイッターでセンチメンタルな感情をただ垂れ流してる自分からすると頭が上がらないですね。

 

読み始めに思ったことは、主人公恵子がコンビニ人間に徹している事とか、幼少期のエピーソードで人の気持ちがわからない等のいわゆるアスペルガー的な行動が、なんだか嘘っぽくて、社会的立場が低い自分を肯定するために、わざとロボットのような感情を持たない自分を作り出しているのかと思いました。

で、その後白羽さんが登場するんですが、自分が思ってようなことを口にしてゾっとしましたね。底辺って言葉が好きとか、うわあまさに自分だなあって。

今は自虐的に使ってますけど、そのうち何かのきっかけで外側に向かうようになれば、完全体白羽さんに成り兼ねない訳で恐ろしくなりました。

白羽さんのようなセンチメンタルの飲まれないようにするには、恵子の用に機会的にそのシステムに徹する人間として組み込まれるしかない。そう思い込んでしまうほどの説得力がありました。

 

話が飛んで自分の話。今日喫茶店に行って新聞にあった求人を見て母親と雑談してました。豆腐屋さんの募集があって、これいいんじゃないみたいに勧められて自分も一度はいいなあと思ったんですが、こういう職人的な仕事もコンビニ人間のように、コンビニでしか働けない人間のようになるような気さえしちゃんですよね。これは読む前にも思ったことですけど。

自分の立場上、そんな仕事を選べる立場でもまったくないのに。白羽さん思考が根付いてるというか、ニートってそういう思考に陥りがちだと思うんですよ。そんなこと生きるためには言ってられないですからね。

生きるために不可欠なものを得るために働かざるを得ない人間に求められる者は、やっぱり白羽さんが宗教だと吐き捨てたような事が必要で、男らしさ女らしさといった肉体的価値観が根付いてる環境に必然的に身を置くことになるんですよね。

そうなると肉体を鍛えるか勉強するしか救われる道はなさそうなんで、勉強するしかないですね。

これも労働から一時的に逃げているだけかもしれないですが、未来を嘆くよりかは有意義な選択だと思います。継続しないと意味がないので、始めは習慣付けることから、頑張ります。